結婚指輪ブランド徹底ガイド

銀座で結婚指輪の下見を
するときのブランドと相場を比較

男のためのマリッジリング入門 ふたりの結婚指輪コーディネイトプラン 普段使いできる結婚指輪の選び方 結婚指輪ブランド下見の鉄則 MAPで見れる銀座の結婚指輪ショップ特集

銀座がなぜ高級繁華街へと発展したのか

高級繁華街として知られている銀座。繁華街としての歴史は明治初期から始まったと言われています。

ここでは、銀座発展の歴史や銀座がブランドの街と呼ばれる理由、銀座の区画整備の始まりについて詳しく紹介。結婚指輪選びのお供に銀座の歴史に触れてはみてはどうでしょうか。

明治・大正期の銀座

江戸時代初期は大いににぎわっていたと言われる銀座ですが、幕末には廃れて荒れた様子になっていました。

銀座の転機は大火災?

寂れた銀座に転機が訪れたのは1872年(明治5年)2月。銀座大火が発生し東京の中心地「丸の内」「銀座」「築地」が焼失してしまいました。この災害を機に銀座は耐火構造を持つ西洋風の街路へ生まれ変わることにしたのです。

西洋風の街並みへ

銀座改革を先導したのは当時の東京府知事であった由利公正。お雇い外国人建築家のトーマス・ウォートルスに設計させ、大火が起きたのと同年の8月から工事が始まりました。翌年には通りが拡幅され、ジョージアン様式と呼ばれる煉瓦家屋が立ち並ぶ街並みへと変貌。完成した建築物は東京府により払い下げられましたが市民には手が出しにくいほど高額であったことや煉瓦の質が悪く湿気が酷かったため、当初は空家が多く存在していたそうです。

情報発信基地となった銀座

横浜と新橋をつなぐ日本初の鉄道が誕生したのも1872年のこと。新橋ステーション近くである銀座では西欧から輸入された商品を扱う商人や情報に敏感なジャーナリストが集まり情報の発信基地として銀座は発展していきました。

現在でも使われている「銀ぶら」という言葉が誕生したのは大正初期。語源は諸説あり「銀座をぶらぶら歩く」や「銀座のカフェーパウリスタでブラジルコーヒーを飲むこと」などの意味があるそうですよ。

銀座に勧工場ができるも関東大震災に見舞われる

明治後半になると、勧工場が登場。現代で言う百貨店やテナント商業ビルのような施設で、1902年(明治35年)ごろには銀座に7軒の勧工場が存在していました。

1923年(大正12年)9月1日、銀座の煉瓦街は関東大震災によってほぼ全滅。しかし、銀座の商店は結束して復興作業を行い同年の11月10日には一斉に店開きしたそうです。

デパートの進出

デパートが進出してきたのは1924年(大正13年)。銀座初のデパート「松坂屋」では、それまで当たり前とされてきた下足預かりをやめて、当時では画期的な全館土足入場を実施。さらに、往復無料送迎バスや屋上動物園などさまざまな商法を行い、銀座の復興に一役買いました。

ブランドの街になったのは?

西欧風の街並みになった銀座には、輸入品や新しい商品を扱う商人が集まり店を構えました。

新しい商売のかたち

洋食、パン、カバン、時計、西洋家具と言った目新し商品目当てに、沢山の人が銀座を訪れるように。商人たちは店先にショーウィンドウを設けて、江戸時代の履物を脱いで店内に入る方法から、お客が履物をはいた状態で店内の商品を眺められるようにするなどの工夫を行い、新しい「店」の形を作っていきました。

流行発信地としての銀座

多くの人が集まるようになった銀座から大正初期には銀座でぶらぶら歩きまわる「銀ぶら」や1960年代には大勢の若者がみゆき通りに集まったことから「みゆき族」などの言葉が生まれ、流行発信の街として発展していきました。1970年代には歩行者天国が始り、いまにも続いています。

1990年代にはブルガリやシャネルなど海外ブランドが出店。銀座は繁華街として発展していき、現在では世界でも有数の高級ブランド街となっています。

銀座の区画はなぜあんなにきれいなのか

銀座の区画を見てみるときれいに整備されていることが分かります。地図を見ると分かりやすいですよ。

区画誕生は江戸時代

現在の区画の原型が誕生したのは実は江戸時代。当時天下統一を果たした徳川家康は江戸幕府を開府するとともに、天下普請という土木工事を行いました。

当時の町割は、約120m四方の正方形を一単位として並べたもの。正方形の中央には会所地と呼ばれる空地があり通り沿いには町屋敷が配置されていました。

1657年には江戸時代最大の火事「明暦の大火」によってほとんどが焼失し、再整備を行うことに。そのとき新たに、銀座通りと並木通りの間に2本の道が造られました。そして、現在の銀座にも町割単位のサイズがそのまま残っているんですよ。

銀座通りの幅にも理由アリ

銀座通りの幅が現在の道幅になったのは、明治に発生した銀座大火からの再建をきっかけに行われた銀座の煉瓦街計画の時。当時の街道の幅は13~15mで銀座通りも同様でした。

東京府知事が世界の大都市と肩を並べるため道幅を広くしようと外国の道幅を調べたところ、ニューヨークやワシントンは約44m、ロンドンは約45.5mだったそうです。

そんな広い道路は必要ないという意見もありましたが議論を重ねた結果、現在の27mに決定。晴海通りは18m、松屋通りやみゆき通りなどは14m、その他の道は5.5mに決定。晴海通り以外は現在も街路構成は当時のまま変化していません。

銀座の街並みのなぞ

銀座は江戸時代に整備された町割と現代に定められた建築基準法によって独特の街並みを築いています。

1919年(大正8年)の市街地建築物法により、建築物の高さが31m以内に制限されました。この規制により銀座には制限内ギリギリの建物が立ち並ぶことになったのです。

1963年(昭和38年)建築基準法改正によって建物の規制が高さから容積率に変わると、銀座の建築物の多くが「既存不適格建築物」に。この法改正により容積率が以前より少ない建築物しか建てる事ができなくなり、建て替えやリフォームをせず、現状の建物を使い続けることになりました。

近代に入り、このままでは建物の老朽化が進み安全性が確保できないと1998年(平成10年)に地区計画「銀座ルール」が定められました。一定の条件を満たした建築物は道路の幅に応じて56mの高さまで建築が可能に。銀座資生堂ビルやグリーンビルなどが銀座ルールによって建てられた建築物です。

通りを覚えてマップで回ろう

銀座の通りは大きく分けて、国道、都道、区道の3つ。それぞれの道路により、街は碁盤目のように区切られています。

結婚指輪を探すなら、おすすめは中央通りと晴海通りの十字のライン。東銀座駅から降りて銀座駅にまっすぐ向かうルートや、銀座一丁目駅へ向けて道を折れるルートでも、沢山のジュエリーショップを回ることができますよ。

道の途中には三越や松屋といった百貨店もあるので、カップルでショッピングデートを楽しみながら銀ぶらしてみてはいかがでしょうか。歴史ある銀座で結婚指輪を探しましょう。

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